乳癌の闘病記です,一言で良いですコメント、よろしくね


by yuki_yukimin

9月7日(告知)

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今更何を聞きに行けば良いのだろうか、言われることなんて分かっているのに・・・殆ど眠れず、ボッとした頭でそんな事を考えながら、夫の運転で病院へむかう。

 私 「ねぇパパ、今日もし乳癌だって言われたら、病院を変えたいんだけど」
 夫 「どこか良い病院、知ってるの?」
 私 「YR病院に、専門の乳腺外来があるから、そこで診てもらいたい」
 夫 「そうだね、もしもそうだったらね」

病院へ着くと殆ど待たずに名前を呼ばれた、私の恐怖心は既に許容量(ミニマムですが)を遥かに超えまっすぐに歩けない、夫に抱えられるようにして診察室へ入る。
前回に診察してくれた気さくな女医さんでは無かった、銀縁のメガネだけが、やけに冷たい印象のDrは淡々とした口調で話し始めた。

 Dr 「検査の結果ですが、やはり乳癌ですね」
 私 「ひぃやぁぁぁ~」 声にならない絶望の叫びが、喉の奥から漏れた。
その場にヘタヘタと崩れ落ちそうになった所を、夫に支えられ、ベッドに座らされる。d0098762_17205243.gif
 Dr 「どうされます、ご主人だけお聞きになりますか?」

懸命に頭を振る、私の居ない所で、交わされる会話が怖い、聞くのも怖いけど、聞かない方がもっと怖かった。
 
 Dr 「大きさは1.5cm、後は色々と検査をしてみないと、まぁそんなに急がなくても取ってしまえば済む物ですから、右にもしこりがありますが、こちらは良性のようですね、気になるなら、手術の時に一緒に取って調べてみたら良いですよ」

余りにもあっけない告知と、無感情な説明だった。
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そこで夫が切り出した

 夫 「すみませんが、セカンドオピニオンの紹介をお願いしたいのですが、YR病院に乳腺外来の専門科があるそうなので、そちらを紹介して頂けないでしょうか」

 Dr 「良いですよ、それは構いません」 

そのまま淡々と看護婦さんへ指示を出す。

 看護婦 「それでは紹介状が出来るまで、待合室でお待ち下さい」

待合室の椅子に腰を掛けた、頭の中に霞がかかっている、夫がギュッと手を握り締めてきた、誰に見られても恥ずかしくなんか無かった。

 夫 「泣いちゃダメだよ、泣くなら家に帰ってから、思いっきり二人で泣こう」

そう言った夫の目は潤んで今にも涙が零れ落ちそうだった、私は・・・私は泣きたくなかった、悲しいのかどうなのか、自分でもよく分からなかった。

紹介状を受け取ると、夫は直ぐにYR病院へ連絡を入れてくれた、9月11日、13時から、予約は一杯で入れられないので、何時間待つか分からないが、必ず診察をしてくれるそうだ。

無言のまま家に帰る、ソファーに座った途端、夫がポロポロと涙をこぼした。
その時、あの大きかった夫の身体が随分と小さくなっていた事に初めて気がついた、私は泣けなかった。
病気になんか負けるものかとか、そんな思いとは違う・・・ただ事実を受け入れられなかった
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# by yuki_yukimin | 2006-09-07 09:00 | 告知
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検査をしたその日から、検査結果の出るまでの一週間、私の精神状態は常軌を逸していた。
仕事をしていても、居たたまれないような焦燥感に襲われる、立ち上がるとスッと血の気が引いて倒れそうになった。
当然、仕事なんて手につかず、夫にメール、電話攻勢

 私 「やっぱり病院すぐに変えよう、検査したその日に結果出してくれるような大きな所に」
 夫 「木曜日には結果が出るんだから、それまで待とうよ、今どこに行っても検査のやり直しで、余計に時間がかかるから」
 私 「でも、これ以上待てないよ」
 夫 「分かったから、今日はひとまず仕事を早めに終える、駅まで迎えに行くから一緒に帰ろう」

私の終業時間に合わせて夫は駅で待っていてくれた、何故か夫の顔を見るとホットした。
レンタルビデオを10本も借り、夜中私が寝付くまでかけ続ける、意識を少しでもどこかに持っていかないと居たたまれない、心細くなると、隣で眠る夫を夜中でも揺り起こす。

 夫 「どうしたの?大丈夫だよ、一緒に起きているから」

こんな生活が続いた、夫は私の気持ちの全てを受け入れ、ひたすら耐えてくれていた、でも申し訳ないと思う余裕が、その時の私には無かった。
食事が摂れないに加え、睡眠時間は毎日3時間前後、見る間に痩せていく私に付き合う様に、85kg以上の巨漢だった夫が随分痩せてきていたのにさえ、私は気が付かなかった。
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# by yuki_yukimin | 2006-09-06 15:00 | 病気について
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昼少し前に家に戻った。
 
 夫 「何か食べられそう?」
 私 「要らない」
 夫 「じゃぁ子供達にはお昼ごはんを食べさせるから、少し横になると良いよ」

そう言って夫は布団をひいてくれた、することも無く横になると緊張に続く緊張でグッタリ疲れているのが分かる、でも眠れそうもない、眠るのが怖い、次から次へと頭を駆け巡るのは「私は乳癌なんだ、もう助からないんだ」という声・・・助けて・・・・誰か助けて・・・

30分程、眠っていたようだ、傍らに夫がノートパソコンをもって座って居た。

 夫 「ほら見てごらん、あれから色々調べたんだけど、1.5cmってまだ初期だって、治る確立も95%以上だよ」

そう言って自分が検索したサイトを私に見せてくれる、でもそれは治る確立では無く、5年後の生存率・・・・つくづくポジティブ思考の夫であった。

 私 「パパそれって治る確率じゃなくって、5年後まで生きられる人の確立だよ」
 夫 「同じ事、その残りの5%に入らなければ良いんだから、それから乳癌って食事療法がすごく効くんだよ、これから身体に良い物ばかり食べてれば、絶対に大丈夫だよ」

果てしなく落ち込む私を、励まそうとしているのは痛い程良く分かる、でも夫に薦められたそのサイトさえも怖くて見ることが出来なかった。

2時少し前に再び病院へ、直ぐにエコーと細胞診の検査が始まる、午前中と同じ気さくな女医さんが念入りにエコーをあてながら画面に見入っている、途中何枚かの画像を保存。

 Dr 「次は、ついでに右も見てみようね」

そういうと再び熱心にエコーを当て始める、へんだ・・・・なんか引っかかるものを感じた

 Dr 「右側にもありますね、1cm位かなぁ・・・・」

上半身裸のまま、私はベットの上で氷ついた、まさか両方とも乳癌なの???

 Dr 「ついでだから、両方とも細胞を取って調べてみようね」
 私 「はい・・・お願いします」

左側に3針、小さめの右側に2針、細胞診を受けた、終わると看護婦さんが熱い蒸しタオルを持って来てくれた。

看護婦さん 「今日はお風呂ダメなんですよ」

そう言いながら綺麗に身体を拭いてくれる、暖かなタオルが心地良い、やっと終わったんだ。
 
「ありがとうございました」との声と共に部屋を出ようとする私に

 Dr 「エコーの画像見てみる?」

突然の問いかけ、一瞬の躊躇の後・・・

 私 「いいえ・・・良いです」

そそくさと扉を開け廊下に出る、何で先生はあんなことを言ったのだろう?
きっと悪い結果だったら言わないよね、、そうだよ!だから見ても良いって言ったんだ!
これから起こるであろう数々の試練を頭の隅に押しのけ、たわいも無いその一言に希望を見出そうと必死になった。
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# by yuki_yukimin | 2006-08-31 14:01 | 病気について
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朝早くに目が覚めた、今日は夏休み恒例の弁当つくりも必要なく、病院へ行く1時間ほど前に起きれば充分間に合うのだが5時には目が覚めていた。

子供達には「用事があってママとパパ出掛けるけど、お昼には帰るからね」と言って8時半少し前に家を出た。
15分ほどで病院へ着く、受付を済ませ待合室へ行くと、ほど無く看護婦さんがやってきてレントゲン室へと案内される、夫も付いて来てくれて、ドアの前の椅子に座った。
これで全てがはっきりするんだ、絶望と諦めが入り混じる混沌とした思いのまま、夫に向かって軽く手を振り、重い扉を開けた。

昔から私は胸が小さい、それもかなりのミニサイズ、以前はいわゆる巨乳と呼ばれる方々が羨ましくて仕方が無かった。まぁ今回はそんなミニサイズのお陰で、結果的には1.8cmの早期発見で乳房温存手術が出来たのだから、感謝しなくてはいけない。
しかし・・・マンモグラフィは2枚の板の間にお乳を挟んでの撮影となる為、ある程度の大きさが無いと検査技師の先生は,かなりの苦労を強いられる。私のお乳はいくら寄せて引っ張って挟もうとしても上手く挟めずに抜けてしまう、冷房が効いたレントゲン室で先生は汗まみれになりながら奮闘してくれた、シミジミと申し訳なかった・・・

やっと撮影も終わり廊下に出ると夫が待ち構えていた

 夫 「随分と時間が掛かったけど、大丈夫?」
 私 「うん、おっぱいが小さくて上手く挟めなかったから時間が掛かった」
 夫 「そうかぁ、それはそうだよな」 やけに納得した顔で頷いた。

また待合室に戻り今度は1時間ほど待った・・・ついに「○○さんお入り下さい」外科の窓口で呼ばれる、心臓が早鐘の様に鳴った。

先生は若い気さくな感じの女医さんだった、診察はまず触診から始まった、指先でコロコロとしこりを動かしながら、
 
 Dr 「これだね、自分で見つけちゃったの?お風呂で?・・・1.5cm位かな、良く動くね」

独り言の様に呟くと、今度は先程撮ったばかりのレントゲンをじっと見つめている

 Dr 「確かにありますね、左胸のここに白く映っているでしょう」

指差す部分に白い塊が見える

 Dr 「どうしますか?この後エコーと針を刺しての細胞診の検査をすることになりますが、ここでも出来ますよ、予約を入れられますか?」

突然の問いかけに、頭の中が真っ白になった、今日マンモグラフィさえ終わればその場で全てがはっきりするはずだと思い込んでいたのだ。
焦った、もう一分も待つのは嫌だ、この場で答えが欲しい。

 私 「その検査は今日はお願い出来ませんか?」
Dr 「・・・・そうかぁ気になるよね・・・ちょっと待っててね、うーん今は11時か・・・午後の2時でも良かったら時間が取れそうだけど、それでも結果が出るのは1週間後だよ」

最短でも1週間、こんな気持ちのまま過ごさなくてはいけないのだ。
診察室を出ると夫に 「午後からもっと詳しい検査が必要になった」と告げた。
夫は黙って私の肩を抱くように、並んで駐車場へと歩いてくれた。

逃げ場なんて無いのに、このままどこかへ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
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# by yuki_yukimin | 2006-08-31 00:08 | 病気について

8月29日(告白)

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明日はとうとう検査の日だ、前日に出張から帰った夫にはまだ検査の話をしていない、結果が出てからで良いと思っていたからだ。

それまでは当然1人で検査に行くつもりでいた、しかし検査日が近づくにつれて私はどんどん弱気になっていた、既に頭の中で、私の乳癌は確定していた、明日はその事実を付きつけられる。

私にとっての乳癌は、亡くなった叔母のイメージがあまりにも強く、それはイコール「死」を意味していた、まさに明日は死刑宣告を受けに行くのだ・・・

ヒトリジャイカレナイ・・・・・

そう、私はとんでもないヘタレなのだ、どうしようも無く気が弱いダメ人間なのだ。

9時過ぎに夫が仕事から帰って来たが、チビが眠るのを待った、高校生の兄ちゃんは、食事以外を殆ど自室で過ごす為、起きていても話を聞かれる心配は無い、11時過ぎチビが眠ったのを確認してから話を切り出した。

 私 「実はお願いがあるんだけど」
 夫 「・・・どうしたの?」

唐突な私の切り出しに、夫は戸惑ったような、少し怒っているような表情をした

 私 「明日、病院へ一緒に行って欲しい」
 夫 「どうしたの?」

今度のどうしたのは驚きだった

 私 「左胸にしこりがある」
 夫 「・・・分かった」

私の家系に癌患者が多い事も、乳癌で亡くなった叔母の事も、私が極度の臆病者である事も夫は知っている、私の一言で全てを理解してくれた。

 夫 「どこの病院で何時からなの?」
 私 「H病院で9時から検査だけど、受付があるから少し早めに来てくれって」
 夫 「それなら8時半位に出れば間に合うな、ところでしこりってどれ?ちょっと触らせて」

確認されるのは乳癌の事実を思い知らさせるようで怖い・・・でもしかたが無かった、場所を示すとそっとしこりに触れてきた。

 夫 「これ?・・・大丈夫だよ、これは乳癌なんかじゃ無いよ、心配しないで」

根拠など何も無いその言葉に、眠れない日々が続き、精神的にも肉体的にも、すっかり参っていた私は久しぶりの安堵を覚えた。
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# by yuki_yukimin | 2006-08-29 19:54 | 病気について
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先週の土曜日、左胸にしこりを見つけてから、度々そこへ手が行くようになった。
どうか消えて無くなっていて・・・・祈るような気持ちで手を伸ばす・・・
願いも空しく、そこには必ずコロコロとした平たく丸いしこりが確実に存在した。

私の父方は癌で亡くなる方が多い、いわゆる「癌の家系」である、2人の叔母も乳癌が原因で亡くなっている、そんな事もあって、何時頃からか、そのうち自分も乳癌になるのではという漠然とした思いが私にはあった。
もともと乳癌は進行の遅い癌で、自分で確認出来るような大きさになるまで成長するには、およそ10年の歳月が掛かるという、私の漠然とした思いも、実は無意識の中、自分の身体に芽生えた癌に気が付いていたのかも知れない。
嫌な予感は私は乳癌であるという確信に姿を変えつつあった。

乳癌で亡くなった2人の叔母の内の1人は、兄弟から年の離れた末っ子で、長女だった私にとっては姉のような存在だった。
手術後3年で再発、その後10年余りの闘病生活の中、再発、転移を繰り返し、5年前に他界した。
彼女は亡くなる一週間程前に、病院の廊下で転んで顎の骨を折ってしまった、既に身体中を蝕んでいた癌の為か、繰り返し続けられた化学療法の為か、彼女の全身の骨は余りにも脆く簡単に折れた、そしてその折れた骨は既に元に戻る力を失っていた。
「もう治療は要らない」彼女がその時、家族にそう言った事を後から聞いた。

最後に彼女を見た時、元々華奢で小柄だった身体は更に小さく、顎の骨の折れた口元は開いたまま閉じることはなかった。

怖い・・・・・助けて・・・・・私も乳癌だ・・・・・・

胸が締め付けられる、探さなくては、直ぐにでも検査をして「大丈夫ですよ」といってくれる病院を探さなくては、どうかこの不安が杞憂で終わりますように。

検索をして近所にマンモグラフィをしてくれる病院を探し出し連絡を入れた。
検査は31日の午前9時から、受付があるので10分前には来て欲しいとの事だった、今日から3日間どう過ごせばいいのだろう・・・・途方にくれた。
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# by yuki_yukimin | 2006-08-28 15:32 | 病気について

8月26日 (嫌な予感)

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子供たちの夏休みも終わりに近づき、やっと一息。
普段仕事をしている私は、子供たちの休みには毎朝、お昼ご飯用のお弁当を作らなければいけない。
子供思いのマメな母にしてみれば、「そんなの当たり前、たいした事じゃ無いでしょう」と言われそうだが、どちらかと言えば、あまりマメな部類に入らない私にとっては、面倒な事なのだ。
いえいえ、愛情が劣るとかそんな事では決して無く、ただ愛情は私にとって家事の動機にならないだけの話(何か言い訳くさいです)

今日は土曜日、前日から主人は北海道へ出張、高校2年になる上の兄ちゃんは、中学時代の部活仲間と朝から出掛け、夕飯まで要らないらしい、下の小学5年生のチビは友達のお母さんに麻布のお祭りに連れていってもらい、そのままお泊り。

そう私は今自由なのだぁ、朝からゴロゴロしながら誰の目を気にすることも無く、最近購入したゲームに没頭、日が落ちると早々とビール片手に夕飯はカップ麺とご満悦、そんな自堕落な幸福を満喫していた。

ビールが進むと自然の摂理、当然トイレも近くなる、ほろ酔いかげんで何度目かのトイレに立った時、ふと左胸に触れるものを感じた。

コレハナニ・・・・・・

今思えばこれが全てのはじまり、急速に酔いが醒めていった・・・
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# by yuki_yukimin | 2006-08-26 10:11 | 病気について