乳癌の闘病記です,一言で良いですコメント、よろしくね


by yuki_yukimin

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恋愛バトン

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よつばさんから「恋愛感バトン」を受け取りました、
さすがは、よつばさん、ピュアな私の心は真っ白って・・・猫ですか
確かにレンは白くて可愛いけれど、腹黒い猫です・・・

1 相手の年齢の上限・下限どこまで大丈夫?
上は嫌です、下は就職していればいくつでもOK、若ければ若いほど良いけど、あんまり若くて貧乏は嫌

2 理想は年下・タメ・年上どれ?
理想は年下かな、今となっては、年上はかなり苦しい・・・
ちなみに夫も年下です、皆に騙して結婚したと言われてます

3 好きな異性の有名人を心ゆくまで書いてみて下さい。
何と言ってもブラピ
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4 こうなりたい!と憧れる同性の有名人を教えてください。
沢尻エリカ
長澤まさみ
こんな風に生まれたかった・・・

5 恋愛は尽くすほう?尽くされるほう?
あくまでも、姫の立場で居たいので、尽くされるほうに限ります

6 デートするなら割り勘は当たり前?
奢ってもらうのが良いです、自分で出すなんて嫌d0098762_20453932.gif

7 彼氏・彼女が居たら合コンなんてありえない?
別に構わないと思います、仕事の絡みもあるしね

8 恋愛の為に頑張れる事は?
う~ん・・・自分を磨き上げることかな

9 恋愛で相手に求めるものは?
愛と経済力

10 理想デートプランは? 
映画を見た後、予約をした高級レストランで食事、その後落ち着いた雰囲気のお店で軽く飲む

11「恋愛には○○が大事」○○に入るのは?(二文字じゃなくてOK)
思いやりかな、それから私の我侭を聞いてくれる広い心

12 学歴の差、気になる? 
気になりません、問題は経済力です!

13 一番笑える恋愛エピソード 
・・・・・人生経験が未熟なもので・・・

14 失恋用音楽、明るい?暗い?
暗い音楽って持ってないから、明るいやつ、前向きに頑張るぞ~みたいな応援ソング

15 友達の恋人に、横恋慕したら? 
人の物には興味が湧かないです

16 告白どっちから? 
相手に私に告白して光線を浴びせまくります

17 好きな色は?
オレンジ、黄色、グリーン、いわゆる、ビタミンカラーが好き

18 携帯の色は? 
スパークピンクって書いてありました

19 あなたの心の色は?
今日は忙しくって疲れてるから、グレーかな?明日はきっとオレンジ

20 6色をイメージの人に回す。
 (赤・青・緑・ピンク・白・黒)
赤    ラムちゃん
青    ちいさん
緑    hetimaさん
ピンク kachua_bbさん
白   ちゃこさん
黒   みゆみゆさん

何となくのイメージです、暇だったらヨロシクね

れんぎょうさんからも白でバトンが回ってました~
静かなイメージ・・・ふふふっ・・・ヤッパリ分かる人に分かってしまうのね~
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by yuki_yukimin | 2007-02-23 21:17 | その他のこと

親との関係

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リアルタイムな私はノイトロジン週間を迎え今日も出社前に病院へ行って参りました、注射だけだと待ち時間も無く、あっという間にお会計、いつもこうだと良いのにね。

今日は皆さんのブログを読んでいて、その余りの違いにいつも驚いている自分の両親との関係について。
子供の頃は自分の親しか知らなかったから、あまり不思議に思った事は無かったけど、私の父親はかなりエキセントリックな人で、人間湯沸器とでも言ったら良いのだろうか、カッとなると自らの怒りが怒りを呼び、抑えきれなくなる、ゆえに体罰は日常茶飯事だったし、夕飯の度に説教、それでもって怒りが頂点に達すると「おまえ達は俺の人生の汚点だ!」が決まり文句。
今でこそ食育が子供にとっていかに大切かと世間では言われているが、その頃はそんな話は無かったし、夕飯はとにかく、目の前に置かれた物をサッサと飲み込んで少しでも早く食卓から離れたかった、ご飯を美味しいと思って食べた記憶が無い、父の居る夕飯は苦痛でしかなかった。

別に虐待されていた訳ではない、ちゃんと学校にも行ったし、意味もなく叩かれた訳でもない(でもかなり気分的な要素が大きかったが)、生活は父が会社の役員をしていたので裕福な方だったし、機嫌がよければ、欲しい物は買ってもらえた。

父は母にも手をあげた、そんな父がよっぽど怖かったのだろう、母は父の言いなりで、いくら目の前で子供達が怒鳴られようが、体罰を受けようが、自分を守る事に精一杯、助けてくれた事は一度もなかった。

私はいつも父親の顔色を伺っている子供だった、どうすれば怒られないで済むか、そればかり考えていた、親にとってはいわゆる良い子だったと思う。

結局、大学を卒業して直ぐに家を出た、妹も弟も家を出たのは早かった。

結婚して、夫が怒らない人で驚いた、子供にも優しかったし、私を大事にしてくれた、共働きで家事も分担して手伝ってくれた、私は幸せだった、こんな家庭生活もあるんだと初めて知った。
子供が生まれて、暫く仕事を辞めていた時期に、母が肝炎になった、まだ祖父母も健在で、治療と祖父母の世話や家事でかなり参っていた母は良く私を呼び出した。
祖父母や母の通院、その他雑用、買い物、言われるままに動いた、良い子で居る事が染み付いた私にはそうする事があたりまえだった。
しかし、そのうち子供も手が離れ、私は再び仕事に戻った、母にとっての蜜月は終わった。
その後は、私も忙しく、実家は近かったが、正月に顔を出すくらいで、殆ど行き来も電話も来なかった、既に用事を言いつけられない私は母にとって不要だった。

そして私は去年、乳がんになった。
最初は自分の親に知らせる気は無かったが、夫に「そんな親にも知らせないなんて馬鹿な話は無い」と言われ、手術が決まってから、電話を入れた、電話口で母は驚き、心配もしてくれた、私はそんな母の気持ちが嬉しかった。

しかし、美談はこれだけ・・・
その後手術日当日まで電話一本来なかった、まぁそんな物だろうと気にも止めなかった、まさか自分の親に限って心配で手術日に駆けつけて来るとも思っていなかったから。

手術が無事に終わって、夫が私の実家に報告をすると言うので、そんな必要は無いと言ったんだけど、「非常識な事はしてはダメ」と夫にたしなめられた。
その夫が暫くして戻って来ると「無事に手術が終わりましたって連絡入れたんだけど、何の事って言われたよ」と驚いていた。
私の両親は、娘の病気の心配どころか、手術日さえ忘れ気に掛けてはいなかった、それには、いくら私でも驚いた。

入院中に見舞いに来てくれたのは自分の家族と妹だけだった、妹は私に対する両親の態度に随分と腹を立ててくれていた。

退院して一週間もしない頃、珍しく母から電話があった、明日妹と一緒に行くからという内容だった、今になって見舞いなの?不思議に思いながらも次の日一応部屋を片付け待っていると、電話がなった。
外で食事をするから出てきてと言う、結局見舞いにくるつもりは無いらしい、母は妹に「いくらなんでも酷すぎる」と散々文句を言われて重い腰をあげたのだ。

結局、母と妹と三人で近くのファミレスに行った。
母は私の顔を見るなり「随分痩せたね~、それに顔色が悪いねぇ」と言った。
術後まだ5日目、体調が良い訳は無く食欲も無い、ファミレスになんて行きたい訳は無かった。

「別にお見舞いってわけじゃないから」と言って封筒を渡された、3万円入っていた。

私 「ねぇ、おかしくない?」

母 「何が?」

私 「普通、手術の日とかって心配して、親に親戚が来てる人まで居たのに、何で手術日さえ覚えてないの、何で電話一本掛けて来てくれないの?、心配じゃないの?他の人と全然違い過ぎるよ」

母 「電話は昼間掛けたよ、でも誰も出なかったから」

私 「だって仕事してるから、昼間誰も居ないの知ってるでしょ、それにしても本当に心配だったら夜掛けなおすのが普通じゃないの?」

母 「仕事してるなんて知らなかった」

私 「知らないはず無いでしょ、それにいくらなんでも手術が終わった連絡をパパがした時、何それはないんじゃないの」

母 「だって、手術がいつなんて知らなかったし、仕方が無いでしょ」

私 「手術日知らないわけないでしょ、入院の時の保証人欄、書いてもらってるじゃん」

母 「そんなの書いた覚えもないし、本当に手術日なんて知らなかった」

私 「じゃぁ、気にはならなかったの?電話していつが手術日か確かめ様とは思わなかったの?」

母 「私だって体調が悪くって自分の事で精一杯なのに、そんな人の事まで気に掛けてられない、転移だってしてなかったし手術が無事に済んだんだったらそれで良いでしょ」

私 「手術が済んで終わりじゃないんだよ、転移はこれから何年も心配しなくちゃいけないんだよ、盲腸とは訳が違うんだよ」

母 「でも、別にたいした事無かったんでしょ」

私 「・・・・・・・」

母 「とにかく、私だって具合が悪いの、別に子供達に面倒を見てくれ言ってる訳じゃないんだから、それで良いでしょ」

なんだか情けなくって寂しかった、そして親の老いを感じた、別に何をして欲しい訳じゃない、お見舞いに来て欲しいわけでも、治療費を出して欲しいわけでも無い・・・・

何を言っても私の気持ちが伝わらない事だけははっきり分かった、私はただ心配して欲しかった・・・


何だかとってもつまらない事を書いてしまいました、ブログを読んでいて、心配した両親がお見舞いに来てくれる話や、お手伝いに来てくれる話、いつも羨ましく読んでいて、それでふっと、なんでこんなに自分と違うんだろうって思っちゃっただけ。

大丈夫、私には一人で余りある愛情を注いでくれる、頼もしい夫と、家事分担を文句も言わずにこなしてくれている息子達が居る、充分過ぎるくらい幸せです。
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by yuki_yukimin | 2007-02-21 16:22 | その他のこと
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リアルタイムな私は、先週の化療の副作用もすっかり抜け、体調の復活と共に凹んでいた気持ちも前向きに回復、これも皆様の暖かな励ましのおかげです、ありがとうございました!
とにかく、変形乳房は今悩んでいても仕方が無い、一先ず治療に専念して、落ち着いたところで考えます(って現在の心境ですが、何分波があるのでいつまた、同じ内容で凹むかも知れません、その時はヨロシクです)

ちなみに今日はヅラを買いに行った日のお話です。

11月16日に、腫瘍内科の、Dr赤塚不二男似に「間違いなく必ず禿ます」と宣言されていたから、とにかくヅラを用意しなければならなくなった、Dr赤塚不二男似の言葉のセンテンスは短かくいつも確信を突いて来る。

私の場合は中リスクでも、低リスクに近く、ホルモン療法も可能なので、化学療法は必須では無かった、起こりうる副作用の説明を一通り聞いた後、私の心は揺れに揺れた。
その辺の話は何度かリアルタイムで書いているので、今回は飛ばします、でもとにかく、化学療法を受けるのが嫌で仕方が無かった。
しかし、夫の鶴の一声で、最初からあるようで無かった私の選択肢は、無残にも化学療法まっしぐらになった。

こうなったら既成事実を作らなくてはって・・・そっちの事じゃ無くて、何か後に引けなくなるような現実を自分に突き付けるんだ!
と、前置きは長くなりましたが、とにかくヅラを買ってしまおう、髪もヅラに合わせてベリーベリーショートにして、ヅラ無しでは仕事にも行けなくしてしまおう!かなり短絡的だが、そう思った。

病院でヅラ屋さんのパンフは幾つか貰って来ていた、その中で、完全予約制、完全個室、自毛が生え揃うまで美容院代わりにも使えますのスヴェ○ソンのサロンが一番近く、open間もなく綺麗だったので、殆ど調べもせずに、予約の電話を入れた。
今考えると完全に浮き足立っていた、もうちょっとシッカリ調べれば22万も払わずに済んだのに、その時は他に何も考えられなかった。

予約は11月26日の午前10時、サロンは横浜駅から歩いて5分、直ぐに見つかった、高級な美容室(行った事ないけど)か、エステサロンといった雰囲気の綺麗なお店だ。
まず相談室のような部屋に通され、マネージャーという女性から説明を受ける。

最初は人口毛100%でお値段5万円前後、これが希望だった、途中で気に食わなくなったら買い換えてもMIX毛22万の半分にもならない、予約の電話でも、希望は人口毛100%と告げてあった。
しかし、サンプルを見せてもらい、何着か試着して比べてみると何たる違い、人口毛100%はやっぱりリカちゃん人形なのだ、それに比べてMIX毛は、自毛となんら変わりなく見える、ここに17万の違いが・・・・・

仕方が無かった、必要経費だと背に腹は変えられずMIX毛のショートを注文。
どうしても今日中に持ち帰りたかったので、一先ずヅラをおおよその形に作って用意しておき、自毛のカットと実際に試着してのヅラのカットは5時に再予約となった、セミオーダーとなるので、チョット時間がかかるようだ。

時間は1時、5時までにはまだタップリある、横浜で食事をして一度家に帰り出直す事にした。

夫はまた着いて来たがったが、髪を切られるところを見られるのが嫌だったので、二度目の予約は一人で行くからと断った。

サロンにつくと、今度は美容院ぽい個室に案内された、用意されたヅラを被ってみる、まだしっくりこない、幾つか注文をお願いすると、担当の美容師さんが、ヅラを持って部屋を出て行く、加工は別の部屋で行うようだ、入れ違いに先ほどのマネージャーさんが入って来た、ヅラの被り方のレクチャーをしてくれる。

M 「それにしても仲の良い御夫婦ですね、最初は御結婚されていると思いませんでしたよ」

そう言えば始めに挨拶をされ、名刺を貰ったときに、彼氏かと聞かれ不思議に思っていた、夫婦って普通は仲が悪いのだろうか?

M 「優しそうな御主人ですね、ずっと付き添ってられて」

私 「私に判断力が無くて決められないので心配で着いて来るんですよ、あまりこういう場所には御夫婦で来られる方はいらっしゃらないんですか?」

M 「そうですね、色々ですが、高校生位の娘さんと来られるお母さんや、家族揃って来られる方も中にはいますよ」

私 「今も、着いてくるって言ってたんですよ、病院も殆ど一緒です」

M 「ご主人は、怖いんですよ」

最初は何を言っているのか意味が分からなかった、夫は何が怖いの?それとも夫自信が怖いヤツなの?

夫が怖がっていたのは私を失う事だった、言われて初めて気が付いた、どこに行くにも何をするにも、最近は必ず側にいた。
大丈夫だよ、シッカリ治療して、居なくなったりしないから・・・

ヅラは何度か調整してもらい、やっとしっくり行く髪形になった。
駅まで迎えに来てくれた夫は私のヅラ姿を見て
「うん、とっても良く似合っているよ」と誉めてくれた。

可愛いと貴方が言ってくれたから今日は私のウイッグ記念日
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by yuki_yukimin | 2007-02-16 17:57 | 病気について

化学療法後3日目

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3日経ちました、まだ胃のむかつき残っていますが、どうやら復活の兆しが見えてきました。
今回は治療後3連休、本当に助かります、前回でしたら、今日から出勤でした・・・。
最悪だった前回に比べ、比較的楽に過ごせたように思います、吐き気はありましたが嘔吐は一度も有りませんでした。
毎回同じ薬を使いながら、副作用に差が出るのは不思議な事ですが、今回新たなコツを掴んだと思われます。
食事を抜くのは、当然の事として前回の余りの副作用の酷さを2回目と比べたら、それは治療後のシャワーだったんです、それで今回は藁にも縋る思いで治療後まだ吐き気が襲って来る前に、とにかくシャワーを浴びて、まだ吐き気は無かったんだけど、病院から処方されていた、吐き気止めの座薬を入れて、ひたすら布団に包まり、決定的な瞬間を待っていたのですが、その決定的な瞬間が、今回も(2度目同様)訪れなかった・・・
コレってシャワーのデトックス効果?私にだけ効果有りかもしれないけど、シャワーの後にトイレに言ったら、あの赤い液が、殆ど身体に入れた状態の色で排泄されて驚いたの。
一つ失敗したのは、夜兄ちゃんが気を利かしてヴィ○ーinゼリー買って来てくれて吐き気もそんなに強くないしって、飲んでみたら、やっぱり急激な吐き気に襲われた、吐いたりはしなかったけど、結構辛かった、その後氷をなめて胃を落ち着かせて、乗り切りました。
副作用がだんだん、積み重なって行くんだなぁって言うのは、最近その当日の吐き気よりも翌日、翌々日に顕著に現れるような気がします。
とにかく、起きられない、布団に入ってテレビを見ているつもりが、いつの間にか、眠っている、昨日まで殆ど眠り続けていました。

私は元々、家系に癌患者が多く、多分自分もいつかはと言う思いがあって、どうして自分がこんなことになったんだろうなんて余り考えた事は無かったんだけど、今朝はシミジミなんで、こんな苦しい思いをいつまでもしなければ、いけないのだろうって、何だか泣きたくなってしまいました。

大好きで毎週行ってたサウナの夢を見ました、でもどうしても入れないの、今更ながら全摘にして、再建したほうが、人目を気にせず何でも出来たんじゃないのかとか、朝からくだらない事ばかり考えてしまいます。
これから先まだまだ、治療は続きます、転移や再発の心配しなくてはいけないのに、こんなことでグズグズ悩んでいる自分がとても嫌です。
取り返しが付かなくなった事なのか、まだ取り戻せる物なのか、無いものねだりの我侭なのか、
今日は答が出せません、多分答が出るのは随分と時間が掛かることでしょう、それまでこんな思いを引きずっていかなくてはいけないのかと・・・すみません凹みすぎです

治療は上手く行ってる!今回は前回よりも副作用jも軽かった!まだまだ頑張れます、弱音ばっかり言ってゴメンネ、同じ思い、もっと辛い思いをしている皆が居るのはよくわかっています、自分だけじゃない、ごめんね・・・。
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by yuki_yukimin | 2007-02-12 13:03 | 化学療法について
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凹んでます・・・・・前回、色々手を尽くしてみたものの、今までで副作用最悪だった。
そう言えば、腫瘍内科のDr赤塚不二男似が言ってたっけ・・・

Dr 「化学療法は3週間かけて回復したとろで、また谷底へ突き落とすような物です」
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適切かも知れないけど、なんと言う表現、確かにその通りです、Dr赤塚不二男似、貴方は正しい(経験者は語る)
唯一の救いは夫が仕事を休んで送り迎えをしてくれる事、本当は病院で付き添ってるって言われたんだけど、心療内科も含めると4,5時間は掛かりそうなので断りました。
あぁ・・・・・・気が重い・・・・・
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これが4回目じゃなくって5回目とかだったら、もうチョット前向きになれるんだけどな、いくら嫌でも明日は来る、頑張らなくては・・・・・
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by yuki_yukimin | 2007-02-08 16:28 | 病気について

朝の風景

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始業時間の前後の女子トイレはある種の社交場だ。
「おはよう~」
「あれ?髪切ったの似合ってる」
「久しぶりだね、忙しかったの?」
等々のたわいも無い会話が毎朝繰り返され、その間中、彼女達は熱心に化粧を直し、髪をとかし身繕いに余念が無い。
華やかな朝のトイレの風景・・・

私の所属している課は特殊で、私は社内に殆ど知り合いが居ない、また会議、打ち合わせ等が無くその気になれば、朝の「おはようございます」、昼の「お疲れ様です」、帰りの「お先に失礼します」、これだけで一日過ごす事も可能だ。

しかし、私は毎朝その華やかな社交場へと足を運ぶ、別にトイレに行きたい訳でも無いのに・・・
理由は只ひとつ、朝の通勤での満員電車、ビルの間を吹き抜ける風・・・私はヅラが心配なのだ!
ずれてはいないだろうか、変に乱れたりして、不信に思われないだろうか・・・
今日も私はトイレに通う、一日に何度も通う・・・
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あぁ、早く髪が欲しいよ~!
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by yuki_yukimin | 2007-02-06 16:41 | その他のこと

最終病理結果について

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2006年11月1日 センチネルリンパ節生検による左乳房温存手術

「リスクカテゴリー」

腫瘍径                  1.8cm × 1.5cm

癌の種類                 浸潤性乳管癌

切除断面                 陰性(-)

波及度                   乳腺

リンパ管侵襲               -(ly0)

血管侵襲                 -(v0)

エストロゲンレセプター(ER)      陽性(+3)

プロゲステロンレセプター(PgR)   陽性(+3)

組織学的悪性度             グレード2

HER2(c-erb B2)          陰性(-)

リンパ節転移(n)            0


リスクは 「リンパ節転移(-)の中間リスク群(閉経前)」となり、組織学的悪性度のみが中間リスクに該当してしまいました、残念です。

「術後補助治療」

化学療法 FEC 3週間おきに6クール

ホルモン治療 LH-RHアゴニスト、タモキシフェン + 放射線治療

手術が終わった時に、Mrオクレからマラソンで言ったら、まだ競技場を出たばかりと言われました、ホルモン治療は5年、その後の経過観察も含めて、後10年は掛かるそうです。
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・・・既に息切れしてます・・・


   
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by yuki_yukimin | 2007-02-03 09:03 | 最終病理結果
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昼間に麻酔で眠り過ぎてしまい、長い長~い夜となった。
とにかくカテーテルが不快でならない、おまけに点滴付きで寝返りさえ打てない、ウトウトしてはトイレに行く夢を見ては目が覚め、時計を見てはため息をつき、またウトウトしてはトイレに行く夢をみて・・・・・・

病院の朝は早い、6時半にもなれば、朝一番の検温と血圧を測りに看護婦さんが来てくれる、看護婦さんが来てくれればカテーテルは外して貰えるんだ、そう信じてその時をじっと待ち続けた、やがて空が白々とあけ待望の看護婦さんがやって来た、早速懇願する。
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私 「すみません、カテーテルを早めに外して欲しいんですが」

看護婦さん 「それは夜勤明けの今日の担当の看護士の仕事になりますから、もう少し、待ってくださいね」

私 「何時頃になりますか?」

看護婦さん 「そうですね、朝の引継ぎが終わってからなので9時は過ぎると思いますが」
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後3時間・・・白々と空けていく空に反して私の目の前は真っ暗になった。
待つしかないのだ、覚悟を決めてゲームをして気を紛らわそうとしてみるが、集中できない、カテーテルが入っているのだから、トイレに行きたいはずは無いのに、何故だかトイレに行きたくて仕方が無い、我慢だ、今はじっと我慢の子だ、そして待つ事3時間やっと今日の担当の看護婦さんが朝の挨拶に来てくれた、早速お願いd0098762_23372077.gif

私 「すみません、カテーテルを抜いて欲しいんですが」 うるうる(涙目)

看護婦さん 「わかりました、チョット待っていて下さいね」

直ぐに支度をして来てくれる。

看護婦さん 「カテーテルと点滴とどちらが先が良いですか?」

私 「もちろんカテーテルでお願いします」

看護婦さんは慣れた手付きで、あっという間にカテーテルと点滴を外してくれた、この開放感、清々しさよ・・・・・・?
やっと自由になって気が付いた、今朝から頭痛がしている、そう言えば朝の検温も37度2分あったけ

私 「あの頭痛がするんですが」

看護婦さん 「朝も少し熱があったようですし、熱を測って見ましょうね」

ピピッピピッピピッ

看護婦さん 「37度6分、少し上がってますね、麻酔の副作用で熱がでることがあるんですが、暫くしたらまた測りに来ますね」

いそいそと、トイレに向う、自由に歩けることが嬉しい♪
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ノビノビと寝返りを打てるのも嬉しいが・・・だんだん頭痛が酷くなって来る、昼前に看護婦さんが再び検温にやって来た。

ピピッピピッピピッ

看護婦さん 「38度3分、随分熱が上がって来ましたね、少し冷やしましょうか」

そう言って看護婦さんは氷枕を持ってきてくれた、布団をかぶり、あまりの頭痛にグッタリ、昼食も手が付けられず下げてもらう。
不味いことに今日は夫が仕事の都合で来られない、仕方が無く薬を飲む為の水を売店までフラフラと買いに行く(頼めばヘルパーさんが買ってきてくれる事を知らなかったのです)
水と一緒に、アイスクリームを購入、病室に戻り早速外の景色を見ながらアイスクリームを食べる、ほてった身体にアイスクリームが冷たくて美味しい、あっと言う間にたいらげ再び布団へ潜り込む、アイスのせいだろうか、なんだかゾクゾクしてきた。

昼過ぎに看護婦さんがまた検温に来てくれる。

ピピッピピッピピッ

看護婦さん 「チョット熱が高すぎますね、先生に話してきます」

その時熱は39度を超えていた、寒気がするので布団を一枚追加して貰い、氷枕を外して布団の中で震えていると、耳慣れた忙しない足音が廊下から近づいて来るのが聞こえる。
Mrオクレが看護婦さんと共にやって来た。

Dr 「○○さん、大丈夫ですか?チョット熱が上がり過ぎですね、採血とそれからレントゲンを撮って来て下さい」
いかにも医者らしくテキパキと看護婦さんに指示を出す(ってだからぁMrオクレはれっきとした医者なんだってば)

Dr 「この分では明日の退院は無理そうですね」

私 「えぇ!!!明日退院のはずじゃないんですか?」 思わず大声が出てしまった

Dr 「退院については、時と場合によるとお話した筈です」 珍しく厳しい顔のMrオクレ

看護婦さん 「では、レントゲン撮りに行きましょう、車椅子使いますか?」

私 「大丈夫です、歩いて行かれます」

再びフラフラと2階のレントゲン室へと向う、どうしよう、明日退院出来なかったら・・・
別に用事があるわけでは無い、とにかく病院に居るのが嫌だ!一刻も早く家に帰りたい、そればかりを考えていた。
6時になって夕食が運ばれて来た、やっぱり食欲は無し、手を付けずに寝ていると、いつもの足音、Mrオクレだ。

Dr 「レントゲンの結果は異常無しでした、血液もまぁまぁですね、後は熱が下がれば良いんですが」

私 「やはり明日の退院は無理ですか?」

Dr 「そうですね、もう少し様子を見たほうが良いでしょう、それにしても今日は暑いなぁ」

私 「暑くなんかないですよ、今日は一日中寒気がしてました」

Dr 「それは、熱があるからです」 アレレ、まずい事言っちゃたかな・・・

私 「良く考えたらやっぱり寒くないです、気のせいでした」 お願い退院したいよぉ

Dr 「子供じゃないんだから、くだらない事は言わない!、とにかく退院は伸ばしましょう」 怒られちゃったよ・・・
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私 「・・・・・・」

Dr 「ほら、夕飯も食べてない、こんな事ではいつまでたっても退院できませんよ」

Mrオクレに言われて飛び起きて、夕食が乗ったトレイに向う・・・確かにやってる事は子供と変わらない

Dr 「食事が終わった頃、傷口のチェックにきますからね」

そう言うと忙しなく去って行ったと思ったら・・・途端に戻って来た

Dr 「仕方が無い、明日の朝一番で採血をした結果と、熱が下がっていたら、明日の退院を考えましょう」

それだけ言うと今度は戻ることなく、足音は廊下の彼方へと消えていった。
Mrオクレ、優し過ぎます・・・ありがとう、退院したいって言う私の我侭を汲んでくれて、Mrオクレがこんなに優しいなんて今まで知らなかったよ、頑張って不味いけど、ご飯食べます。

次の朝、何と朝一番の採血は午前6時、余りの速さにチョット驚く。
そして朝の回診でMRオクレから退院の許可を貰った、やったぁ退院が出来るんだぁ、許可が下りたらこっちのもの、Mrオクレの気の変わらないうちにサッサと着替えて荷物をまとめる。

6人部屋で、昨日からのMrオクレとの退院騒動の一部始終をしっている他の患者さんが皆
「良かったね、退院できて」口々に言ってくれた、こんなことで騒いだ自分が恥ずかしく大人げ無かったとチョット反省。

結局入院は、最初の転移が無かった場合の予定通り3泊4日で無事退院にこぎ着けることが出来た。
それもこれもMrオクレ、貴方のおかげです、先生ありがとう!感謝しつつ病院を後にして入院生活に終わりをつげ、私の人生において余りにも内容の濃く長い3日間は、こうして幕を閉じたのであった。
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by yuki_yukimin | 2007-02-01 01:01 | 手術について